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【大儀】1600年に関ヶ原の戦いが起こると、家臣の大半が家康につくべきだと進言したが、元忠は『東軍につくと周りが西軍ばかりなので危険だ。それに秀吉に恩を受けているので敗戦しても大儀を貫くべきである』と言い、西軍につき伏見・大津城などを攻めた。
別の話しでは内応したふりをし、真田幸村と計って東軍をおびき寄せたとあるが、これは元忠のイメージを良くしようとした作り話であろう。元忠の遺骨は家臣の佐々木吉高が伯耆に持って帰り、倉吉の定光寺に埋葬している。
裏切りの代償が伯耆一国だなんて無理だと分かっているのに手を出さずにはいられない。人って悲しい生き物ですね、、、。私もそういう状況なら可能性にかけてそうすると思います。でも、これがきっかけで真田丸の攻防が大規模なものになるなんて皮肉です。 参考文献:戦国人名事典 コンパクト版・羽衣石城攻防戦誌、ほか UPDATE 2001年7月11日Copyright (C) 2001 Tikugogawa. |
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